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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)72号 判決 1977年3月07日

控訴人

関口哲

ほか四名

被控訴人

全相銀連北洋相互銀行従業員組合

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの平等負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(一)  被控訴人は、次のとおり述べた。

1  本件臨時組合費の徴収は、控訴人らがいずれも被控訴人の組合員であった昭和四六年三月一五、一六日に開催された第五回中央委員会で決定されたものである。したがって、控訴人らの本件臨時組合費支払義務は右中央委員会の決定により確定的に発生したものであり、その支払時期が被控訴人と訴外株式会社北洋相互銀行(以下、「訴外銀行」という。)との間の賃上げ交渉が妥結し、その賃上差額支給日を履行期限とする不確定期限付のものであったにすぎない。

2  よって、控訴人らは、被控訴人に対し、本件臨時組合費を支払うべき義務がある。

(二)  控訴人らは、次のとおり述べた。

1  被控訴人主張の前記1の事実は否認する。

2  被控訴人主張の中央委員会において徴収すべきものとして決定された臨時組合費の支払義務は、後日、被控訴人と訴外銀行との間の賃上げ交渉が妥結することと、その妥結当時被控訴人の組合員であることを停止条件とするものであるところ、控訴人らは、いずれも賃上げ妥結前に被控訴人の組合員資格を喪失した。

3  したがって、控訴人らは、被控訴人に対し、本件臨時組合費を支払うべき義務はない。

4  なお、控訴人らの主張する労働組合の法律上の分裂とは、組合の正規の機関決定によって既存の組合が組織的に二つ以上に分けられる場合と既存の組合内部において民主的に討論し採決するという民主々義の原理が作用できなくなったために多数の組合員が集団的に脱退し、新たに別個の組合を組織した場合に認められるべきものであるが、本件における組合の分裂は後者の場合に該当する。

(三)  当審における新たな立証として、被控訴人は、甲第三号証を提出し、当審証人佐藤穂の証言を援用し、控訴人らは、甲第三号証の成立は認める、と述べた。

理由

一  被控訴人主張の請求原因第一項(被控訴人組合の組織と控訴人らの組合員資格)、第二項(組合規約の存在、組合費納入義務と臨時組合費徴収手続)、第四項(賃上げ妥結、控訴人らの賃上額と差額支給日の確定)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、(人証略)によると、請求原因第三項(中央委員会の臨時組合費徴収決定と控訴人らに対する通知)の事実(右事実中、被控訴人主張の日に被控訴人の第五回中央委員会が開催されたことは当事者間に争いがない。)を認めることができる。

二  ところで、昭和四六年三月一五、一六日開催された被控訴人の第五回中央委員会において、被控訴人の組合員が納付すべきものと決定された臨時組合費は、「春闘賃上げ額の〇・八カ月分」というものであるが、その当時被控訴人と訴外銀行との間に昭和四六年春闘の賃上げ交渉が妥結していなかったことは前判示したところによって明らかであるから、右決定当時被控訴人の組合員が徴収されるべき臨時組合費の具体的金額はいまだ確定していなかったことはいうまでもない。そして、債権が有効に成立するためには、その目的である給付の内容が法律の規定その他の基準によって確定しうるものでなければならないことは当然であるが、しかし、その給付の内容は、必ずしも該債権の成立の時においてすでに確定していることを要するものではなく、その履行の期限までに法律の規定その他の基準によって確定しうることをもって足りるものというべきところ、(証拠略)によれば、被控訴人組合にあっては、昭和三六年頃に組合結成以降昭和四五年までは毎年訴外銀行とのいわゆる春闘の賃上げ交渉が妥結し、毎月四月一日から賃上げが実施されてきたことが認められ、昭和四六年度においても被控訴人組合と訴外銀行との春闘の賃上げ交渉が妥結し、同年四月一日から賃上げが実施されることは確実であったことが推認しうるから(昭和四六年度は五月二二日妥結)、右臨時組合費の額は履行期(差額支給日)までには確定するものであったということができる。そうすると、被控訴人組合の組合員の臨時組合費の支払義務は昭和四六年三月一六日当時すでに確定的に発生していたものといわざるを得ず、したがって右賃上げ交渉の妥結はその最終履行期についての不確定期限であったと認めるのが相当である。

三  控訴人らは、本件臨時組合費の支払義務は、第一に被控訴人組合と訴外銀行との間の賃上げ交渉が妥結すること、第二にその妥結当時被控訴人の組合員であることを停止条件とするものであるところ、控訴人らは、いずれも賃上げ妥結前に脱退によって被控訴人の組合員資格を喪失したので、本件臨時組合費を支払うべき義務はない旨主張する。

しかしながら、控訴人らの臨時組合費の支払義務は昭和四六年三月一五、一六日の第五回中央委員会において決定された当時、すでに確定的に発生したものとみるべきであることはすでに前判示のとおりであるから、控訴人らの右第一の条件の主張は採用できない。

また、(証拠略)によると、被控訴人組合においては、例年春闘の賃上げ要求を実現するための諸般の活動に要する経費を支弁するに足りる財政を確立するために賃上げ額の一部を臨時組合費として徴収していたものであるが、昭和四六年度の本件臨時組合費の徴収については、昭和四五年七月二一、二二日に開催された第二五回定期大会でまず春斗の賃上げ分の〇・八カ月分をもって特別会計を設置する旨の執行部案が提案され、討議された結果、この執行部の方針案が決定されたこと、その後昭和四六年一月に開催された第四回中央委員会においても再度確認の意味でこの方針案が討議され、さらに各職場及び地区協議会においての協議を経たうえ、第五回中央委員会においてこれが正式決定されたものであること、第五回中央委員会において、臨時組合費徴収の金額、方法、時期等については、前示のとおり、「(一)春闘賃上げ額の〇・八カ月分を徴収する、(二)右のうち金一〇〇〇円は四月分賃金支給日に前納する、(三)残額の納入期日は賃上げ差額支給日とする。」旨決定されたこと、賃上げ差額の徴収は、例年被控訴人組合と訴外銀行との賃上げ交渉の妥結の時期の如何にかかわらず、毎年四月一日以降賃上げが実施されることになっていたため、毎年四月一日現在の組合員を対象として実施されてきたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして、前記認定の事実によれば、本件臨時組合費の徴収決定についても、その納入義務者は昭和四六年四月一日現在の被控訴人の組合員とする趣旨のものであったと認めるを相当とするところ、控訴人らはいずれも、昭和四六年四月一日当時被控訴人の組合員であったことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、控訴人らの前記第二の条件の主張(組合員資格喪失による支払義務消滅の主張)も失当であり採用することができない。

四  控訴人らは、被控訴人組合においてはその内部で民主的に討論して採決するという民主主義の原理が作用できなくなったために昭和四六年五月二一日に控訴人らを含む多数の組合員が被控訴人組合から集団的に脱退し、新たに訴外北洋相互銀行職員組合(以下、「訴外組合」という。)を結成したものであり、これによって被控訴人組合は法律上分裂したものであるから、訴外組合の組合員である控訴人らは、被控訴人組合に組合費を納入する義務はなくなった旨主張するので、これについて検討する。

まず、昭和四六年五月二一日被控訴人組合の組合員のうち控訴人らを含む相当数の組合員が集団的に脱退し、新たに訴外組合を結成したことは当事者間に争いなく、(証拠略)を総合すると、被控訴人組合は昭和三六年六月頃結成された労働組合であること(なお本件記録に編綴の被控訴人の登記簿抄本の記載によれば、被控訴人組合は昭和四六年四月二〇日に法人格を取得していることが認められる。)、昭和四六年五月二〇日当時約二〇〇三名の組合員を擁していたが、同月二一日、控訴人らを含む約五四六名(これは右組合員総数の過半数に達しない員数である。)が被控訴人組合を脱退して、同日訴外組合を結成したこと、しかしこれについて被控訴人組合において組合大会の過半数の決議による承認等の正規の手続はとられなかったこと、その後被控訴人組合の多数の組合員が被控訴人組合を脱退して訴外組合に加入した結果、昭和五一年一〇月には被控訴人組合の組合員は約二五八名に減じたこと、しかし被控訴人組合は、その後も依然として、従来どおりの規約に従って中央執行委員長、副中央執行委員長、書記長等の役員を組合員の中から選出し、これら役員と代議員によって構成される大会、これら役員と中央委員によって構成される中央委員会等の組合機関を多数決によって運営し、組合の財産の管理のために書記長を置き組合の財源並びに使途、収支決算については、毎年七月に開催される定時大会に書記長が報告を行ってその承認を求める等して組織的に運営され、組合員の団結と相互扶助によってその労働条件の維持改善と経済的地位の向上を図るために労働組合として諸般の活動を行っていること、以上の事実が認められる。右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被控訴人組合は、多数の組合員の脱退にも拘らず、労働組合としてその組織として同一性を維持したまま存続しているものというべきであり、そうだとすれば前判示のように被控訴人組合から多数の組合員が集団的に脱退して訴外組合が結成されたとしても、これについて被控訴人組合の組合大会の過半数による承認等の正規の手続がとられていないこと前判示のとおりである以上、爾余の判断をまつまでもなく、被控訴人組合は外観上分裂しただけのもの、別言すれば事実上分裂しただけのものというべく、(しかしこのことは訴外組合がその結成後において労働組合としての存在を全面的に否定されることを意味するものでないことはいうまでもない。)それによって訴外組合結成の時点において被控訴人組合に帰属していた組合財産のうちの、脱退組合員ないし訴外組合の構成員の持分権相当分が訴外組合に当然に帰属することになったものと解することはできない。即ち被控訴人組合の組合財産が当然に分割されたものと解することはできない。被控訴人組合が控訴人らに対して有する本件臨時組合費徴収権は固より被控訴人組合の組合財産の一部であり、それが被控訴人組合の前記の事実上の組合分裂の以前に既に発生していたものと認められることは前説示のとおりである。右のとおりであるから、被控訴人組合の前記の事実上の組合分裂により、控訴人らの被控訴人組合に対する本件臨時組合費の納入義務がなくなった旨の控訴人らの前記主張は失当であって採用できない。

五  さらに、控訴人らは、控訴人らが第五回中央委員会の決定によって本件臨時組合費を納入する義務を負担することになったとしても、法的に履行を強制されるものではない旨主張する。しかし、当裁判所も、控訴人らの右主張は失当であって採用できないものと判断するが、その理由は、原判決理由中の関係部分(原判決一二枚目表一四行目から同一三枚目裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する。

六  してみれば、被控訴人に対し、控訴人関口哲、同土井正、同武田重幸は、それぞれ昭和四六年度の春闘賃上げ額金八九〇〇円の〇・八カ月分に相当する臨時組合費金七一二〇円、控訴人釘本光治、同相馬博美は、それぞれ前記控訴人らと同額の臨時組合費金七一二〇円からすでに被控訴人において支払を受けた各金一〇〇〇円(この点は被控訴人の自陳するところである。)を控除した残額金六一二〇円及びこれに対する右臨時組合費の納入期日であり、かつ弁論の全趣旨により控訴人らにおいてその期限の到来したことを知ったものとみられる昭和四六年七月二三日の翌日である同年同月二四日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

七  よって、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に則り本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎富哉 裁判官 塩崎勤 裁判官 村田達生)

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